花の写真家としての復活—原菜摘に

 

 画家としてのただならぬ閃きに注目していた原菜摘からの音信が絶えて数年—

その動静が気になっていたところ、このほど被写体を花そのものに限った写真ポートフォリオを持参して、元気そうな姿を見せてくれた。

 花の様々な姿態や細部にカメラを向けることによって体調不良を克服され、今回その写真作品展を開くことになったという。

 早速その写真の花々が漏らす生々しい吐息にふれつつ、眼を蜜蜂のように作品から作品へと移動させてゆくと、ロイヤルゼリーにも似た愉楽が身の内に湧き出して来るのを感じて驚く。花のいのちと、それを写し撮る人のいのちが一体化されるカメラを手にした原菜摘。その見事な復活を祝福したい。

 

馬場駿吉

美術評論家/元名古屋ボストン美術館館長 


体調不良の中、自らの手でつかんだ描く写真表現は今後諸々の可能性を秘めている。

まさに写真を通したデッサンそのものといえるだろう。

 

津田英作

写真家


「彫刻するように絵画を描き、絵画を描くように写真を撮る」。
菜摘さん自身がこう書くように、写真でありながら、植物の細部の線と面、質感、光と影を大切にしているせいか、自然
であるのに、描いたよう な(花が自らを表現したような)豊かな表情が現れ、そして、彫刻のような存在感がある。
この逆説は、存在の神秘ともいうべき生命と形態、線や面、色彩、光と影の結合である。カラーなどの花をモチーフに
した一部は、美しい女性の身体のように見える。
作品は、デジカメで撮られている。特に大事にしているのは、自然光で撮影することで、画像の加工は一切し
ていないという。
自然の陽光、空間の中で植物の形態が織りなす光と影、植物の命が交わる瞬間が、菜摘さんの生と結び合う時間。
命の神秘、自然の豊かさが刻印されたイメージがここにある。


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井上昇治

美術評論家